消費税の簡易課税制度。原則課税との有利判定の考え方と注意点

消費税の簡易課税制度。原則課税との有利判定の秘訣

中小企業では、消費税を計算する際に、簡易課税制度という方法が認められています。

簡易課税制度を採用すると、計算方法が簡略化されるため、事務負担を軽減できるメリットがあります。

簡易課税制度を選択すると、多くの場合、納税額が少なくなり有利になるのですが、なかには不利になってしまう場合もあります。

どういった場合に、簡易課税制度を選択するのがよいのでしょうか?

簡易課税制度の有利判定を行う際の考え方を確認していきましょう。

消費税の簡易課税制度

消費税の簡易課税制度とは

簡易課税制度とは、売上高が5,000万円以下の中小企業に認められている制度です。

消費税は、商品などを販売して消費者から預かった消費税から、仕入れなどで支払った消費税を差し引いた残額を納付する仕組みになっています。

簡易課税制度

しかし、支払った消費税を計算するのは結構負担がかかります。

経費の内容を一つ一つチェックしないといけませんし、経費の中には消費税がかからないものもあるため、正確に計算するためには消費税の知識が必要になります。

事業規模が小さい会社の事務負担を軽減するために、簡易課税制度の選択が認められています。

簡易課税制度では、支払った消費税を計算する際に、「みなし仕入率」を使って簡易的に計算することができます。

みなし仕入率を使うと、ほぼ自動的に仕入れなどで支払った消費税を計算できます。

消費税の計算で一番面倒なのが、仕入れなどで支払った消費税を計算する部分です。

簡易課税制度を導入することで、一番面倒な部分の計算をパスすることができます。

みなし仕入率

簡易課税制度では、預かった消費税の一定割合を、支払った消費税とみなして計算します。

この一定割合を「みなし仕入率」と言います。

みなし仕入率は「この業種ではこれくらいの費用がかかるだろう」という考えにもとづいて決められています。

みなし仕入率

みなし仕入率は、業種ごとに次のように決められています。

区分 業種 みなし仕入率
第一種 卸売業 90%
第二種 小売業 80%
第三種 製造業等 70%
第四種 その他の事業 60%
第五種 サービス業等 50%
第六種 不動産業 40%

例えば、卸売業では、みなし仕入率が90%になっています。

卸売業は、商品の仕入れなど消費税の対象となる経費の割合が高いと考えられるため、みなし仕入率が高くなっています。

原則課税と簡易課税の選択

売上高が5,000万円以下の中小企業の場合、簡易課税制度を使うことができますが、必ずしも簡易課税制度でないといけない訳ではありません。

原則的な方法(原則課税)によって消費税を計算することもできます。

そのため、原則課税と簡易課税の2つの方法から、有利な方を選ぶことができます。

簡易課税制度の有利判定の考え方

みなし仕入率をもとに有利判定

原則課税と簡易課税のどちらを選べばよいかは「みなし仕入率」で判定することになります。

基本的には、みなし仕入率は、事業者に有利になるように設定されています

みなし仕入率の方が不利だったら、何のために制度を作ったのかという話になりますからね。

みなし仕入率が高い業種になればなる程、簡易課税の方が有利になります。

 

みなし仕入率が低い業種であっても、人件費の割合が高い業種は、簡易課税が有利になる可能性が高いです。

人件費は、消費税がかからない経費になります。

人件費の割合が高い場合、原則課税だと、支払った消費税が少なくなり、納付する消費税が多くなります。

そのため、みなし仕入率を使った方が、支払った消費税額が大きくなり、有利になります。

簡易課税が有利になる業種

以下のような業種は、簡易課税制度の導入を検討した方がよいです。

簡易課税が有利になるケースが多い、代表的な業種になります。

  • 第一種(卸売業)、第二種(小売業)
  • インターネットやWEB関連事業
  • コンサルティング業
  • デザイン業
  • 弁護士や司法書士などの士業
  • 学習塾や家庭教師
  • 医療・介護・福祉
  • 不動産賃貸業

シミュレーションの方法

簡易課税の有利判定を行うときは、具体的に税額がどうなるのかシミュレーションすることが大切です。

本則課税の場合の納税額を確認しないことには、簡易課税との有利判定はできません。

それでは、具体的にどのようにシミュレーションをしたらよいのか見ていきましょう。

 

本則課税のシミュレーションは、直近の決算書や試算表を使って行います。

注目するのは、損益計算書の費用項目のうち、消費税の対象にならない科目です。

消費税の対象にならない勘定科目

  • 役員報酬
  • 給与手当
  • 法定福利費
  • 保険料
  • 租税公課

これらの科目は、消費税の課税対象にならない、「非課税」や「不課税」の項目です。

非課税や不課税の科目は、仕入税額控除を取れません。

仕入税額控除が取れないということは、消費税の納税額が増えるということです。

つまり、非課税や不課税になる経費が多いと、簡易課税の方が有利になる可能性が高いです。

 

本則課税のシミュレーションは、非課税や不課税を除外した課税仕入れの金額(税抜)に、消費税率をかけて求めます。

先ほど例示した「消費税の対象にならない勘定科目」を除外すれば、おおまかな課税仕入れの金額はわかります。

勘定科目によっては、課税と不課税が混在しているものもありますが、あくまでシミュレーションなので、細かく分けなくて大丈夫です。

ざっくり計算してみて、有利判定ができればそれでOKです。

もしも、判定が微妙で判断に迷うようであれば、もう一度正確にシミュレーションをすればいいです。

 

なお、このシミュレーションのやり方には、注意点があります。

有利判定の対象を行う事業年度(翌事業年度以後)が、現時点の状況と大きく変わっていないことが前提になります。

シミュレーションは、直近の決算書や試算表を使って行うので、その数字と翌事業年度以後の数字が大きく変わるようであれば、シミュレーションの精度が落ちます。

特に注意が必要なのは、大規模な設備投資を行う場合や、事業形態が大きく変わる場合です。

 

大規模な設備投資を行うと、本則課税で計算した場合に、消費税の納税額が少なくなる可能性が高いです。

設備投資をすると課税仕入れが増えるからです。

場合によっては、消費税額が還付になることもあります。

のちほど詳しく説明しますが、いったん簡易課税制度を選択すると、最低2年間は本則課税に戻ることができなくなります。2年縛りと言われたりします。

そのため、シミュレーションを行う際は、最低でも2年先の予定まで考慮して判断しないといけません。

2年先の設備投資まで考えないといけないので、なかなか難しい面がありますが、判断を誤ると消費税の納税額が増えてしまうので、慎重にシミュレーションをしましょう。

 

新規事業の立ち上げや既存事業の撤退がある場合も注意が必要です。

事業形態が変われば、当然経費の内容も変わってきます。

新規事業の場合、将来どうなるのか予測するのは非常に難しいです。

事業計画を元に、収支予想のパターンをいくつか作成して、いろいろな角度から検討を行うのがよいでしょう。

シミュレーションの具体例

具体例を使って、実際にシミュレーションをしてみましょう。

(例)当社は製造業(区分は第三種)で、前期の経営成績は以下の通りである。

売上:4,000万円

経費:3,600万円(うち、給与1,200万円)

 

来期も売上、経費の内訳は変わらない予定であるが、原則課税と簡易課税ではどちらが有利になるか?

原則課税

売上に係る消費税:4,000万円 × 10% = 400万円

経費に係る消費税:(3,600万円 – 1,200万円)× 10% = 240万円

納税額:400万円 – 240万円 = 160万円

 

簡易課税

売上に係る消費税:4,000万円 × 10% = 400万円

経費に係る消費税:400万円 × 70%(みなし仕入率) = 280万円

納税額:400万円 – 280万円 = 120万円

※製造業は第三種なので、みなし仕入率は70%になります。

 

有利判定

160万円(原則課税)> 120万円(簡易課税)

∴簡易課税が有利

 

判定の結果、簡易課税の方が有利であることがわかりました。

それでは、もう一問確認してみましょう。

先ほどの例と同じ条件で、設備投資(300万円)を予定している場合は、どちらが有利になるでしょうか?

(例)当社は製造業(区分は第三種)で、前期の経営成績は以下の通りである。

売上:4,000万円

経費:3,600万円(うち、給与1,200万円)

 

来期も売上、経費の内訳は変わらない予定であるが、設備投資(300万円)を予定している

原則課税と簡易課税ではどちらが有利になるか?

原則課税

売上に係る消費税:4,000万円 × 10% = 400万円

経費に係る消費税:(3,600万円 + 300万円 – 1,200万円)× 10% = 270万円

納税額:400万円 – 270万円 = 130万円

 

簡易課税

売上に係る消費税:4,000万円 × 10% = 400万円

経費に係る消費税:400万円 × 70% = 280万円

納税額:400万円 – 280万円 = 120万円

 

簡易課税の計算は、先ほどの例と同じ結果になります。

経費に係る消費税は、みなし仕入率で計算するため、設備投資を行っても結果は変わりません。

 

有利判定

130万円(原則課税)> 120万円(簡易課税)

∴簡易課税が有利

 

今回の例でも、簡易課税の方が有利になりました。

ですが、設備投資を考慮すると、原則課税の納税額はかなり少なくなります。

設備投資を行う場合は、慎重な判断が必要になりますね。

簡易課税制度の注意点

事前に届出書の提出が必要

簡易課税制度を選択するためには、事業年度が開始する前までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出しなければいけません。

あとから簡易課税制度を使いたいとなっても、届出書を出していないと使うことはできません。

また、一度採用した簡易課税制度を止める場合も、事業年度が開始する前までに「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を税務署に提出しなければいけません。

よくトラブルになるのが、もともと簡易課税制度を選択していたが、売上が5,000万円を超えたので原則課税で計算していたケースです。

簡易課税制度選択届出書を提出していても、売上が5,000万円を超えると、自動的に原則課税が適用されます。

しかし、簡易課税制度選択届出書の効力は、消費税簡易課税制度選択不適用届出書を提出するまで消えません。

そのため、業績が悪くなって売上が5,000万円以下になると、簡易課税制度が適用されることになります。

原則課税で計算するつもりだったのに、簡易課税になってしまったということがありえるのです。

簡易課税制度の取扱いを変えるためには、前もって手続きしないといけないので注意が必要です。

関連記事>>>税理士は消費税届出書のミスで訴えられる!賠償事故は消費税が最多

2年縛り

簡易課税制度を選択すると、2年間は簡易課税制度しか使えなくなります。

途中で原則課税に変更することはできません。

そのため、簡易課税制度を選択する際は、長期的な視点で有利判定を行う必要があります。

大規模な設備投資を検討している場合などは、注意が必要です。

複数の事業を行う場合

複数の事業を行っている場合は、事業ごとに売上高を把握する必要があります。

事業ごとに売上高を区分できていないと、最も低いみなし仕入率が適用されてしまい、不利になります。

例えば、小売業(第二種)と飲食業(第四種)の2つの事業を行っている場合だと、本来であれば、小売業については第二種の80%、飲食業については第四種の60%のみなし仕入率が適用されます。

しかし、売上高を区分せずに経理処理を行っていると、低い方のみなし仕入率である第四種の60%が適用されてしまいます。

判断に迷う場合は税理士に相談

簡易課税制度は、事務負担が軽減することや、消費税の納税額をおさえることができるといったメリットがあります。

上手く使いこなすと非常に有利になります。

簡易課税制度を選択した方が有利になることが多いですが、なかには原則課税を選択した方が有利になることもあります。

どちらの制度を選択するかは、シミュレーションを行い慎重に判断することが必要です。

複数の業種を取り扱っている事業者の場合は、判断が難しい場合もあります。

判断に迷う場合は、税金の専門家である税理士に相談するようにしましょう。

相談料に見合った、節税効果は得られるはずです。